認知症と相続は関係ある?

 

近年よく耳にするようになった認知症。実はこの病気、相続に深くかかわってくる病気であることをご存知でしょうか?

ここでは、そんな認知症と相続をくわしく解説していきます。

 

 

そもそも認知症とは?

そもそも認知症は具体的にはどのような病気なのでしょうか?

 

 

認知症の症状

「認知症(にんちしょう)」とは、後天的な脳の器質的障害によりいったん正常に発達した知能が不可逆的に低下した状態をいいます。というお堅い言い回しは置いといて、認知症とは、要するに「脳がうまく働いてくれなくなる病気」です。昔は、「痴呆(ちほう)」と言われていましたが、現在はこれを「認知症」と呼ぶようになっています。よく言われる「ボケてきた」というのも多くの場合は認知症を指します。

 

 

人間の活動は、脳がほとんどをコントロールしていますから、この大事な脳が働かなくなると、生活が非常に難しくなります。例えば、記憶力の低下や記憶自体の喪失が挙げられます。自分の息子の顔が分からなくなったり、今が何年何月何日なのか、自分が何歳なのかという認識もできなくなります。他にも、認知症の老人が徘徊して危険な状態に陥るという話もよく聞くところです。重度の認知症になると、食事・排せつなどの基本的な行動も困難となるため、生きていくためには介護が不可欠な状態になります。このように、認知症は症状が進むと深刻な病気となりうるのです!

 

 

認知症はこんなに増加している!

高齢化・長寿化が進行していることから、今では認知症も世に広く知られる病気になってきました。現在65歳以上の高齢者のうち、認知症患者は約15%にのぼることが厚生労働省から発表されており、これによれば7人に1人が認知症であるということになります。また、2025年の認知症患者は2015年の約1.5倍である700万人を超えるという推計もなされています。このことから、もはや認知症はどこの家庭でもかかわっていかなければいけない病気であると考えるべきでしょう。そして、認知症は相続にも深く関係してくるため、来るべき相続のことを考えるにしても、やはり認知症に備えて色々知識を持っておくべきなのです!

 

 

認知症だと法律行為ができない

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法律行為とは、権利や義務の発生など、法的な効果を生じさせることを目的としてなされる個人の意思表示のことをいいます。これまた堅苦しい言い回しであるため、分かりやすくかみ砕いて説明します。たとえば、スーパーで買い物をする行為は、法律行為です。買主が「これを下さい」と意思表示をして、売主が「はいどうぞ」と意思表示をすれば“売買契約”が成立します。売買契約が成立すると、買主に「お金を払う義務+商品をもらう権利」が発生し、他方売主には「お金をもらう権利+商品を渡す義務」が発生するわけです。買い物をするときにいちいちこのようなことを考えているわけではありませんが、要するに日常生活では法律行為が繰り返されているわけです。

 

 

そして、この法律行為を行うためには、“意思能力”というものが必要です。意思能力とは、「自己の行為の結果を判断することができる能力」をいいます。要するに、“こういうことをしたら、こういう結果になるだろう”ということをきちんと理解できるということです。普通の健康な人であれば、当然意思能力はあります。他方、0歳の赤ちゃんには意思能力はありません。この意思能力が認められなければ、法律行為をすることはできません。行為の結果を判断できない人でも自由に法律行為ができてしまうとなると、その人が過大な義務を負わされ酷な場合が生じうるからです(3歳の子どもが家を指さして「これちょうだい」と言ったら、3,000万円の支払いを請求されるのでしょうか?そんなことはありえないでしょう)。

 

 

そして、重度の認知症患者となると、脳が正常に機能してくれないため、意思能力が認められない場合があります。そうなると、やはり意思能力が認められない以上、法律行為もできないということになります。もし仮に重度の認知症患者のような、意思能力のない者が法律行為をしても、その行為は無効となります。無効となると、何らの権利の義務も生じません。このようなルールにしておくことで、意思能力のない者を守ろうとしているのです!

 

 

認知症だと遺言書が作れない?

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では、認知症患者は遺言書を作成できないのでしょうか?

この点について、ここではくわしく解説していきます。

 

遺言書を作成するための「遺言能力」

遺言書を書くにあたっても、遺言者が認知症患者の場合は注意が必要です。なぜなら、遺言書を作成するにあたっては、遺言書を作成するだけの能力(遺言能力)を有することが法律上必要とされているからです。この遺言能力は、先にご説明した「意思能力」と同じようなものです。遺言能力とは、遺言の内容を理解できて、その遺言によって自分が死んだ時にどのような結果になるかを作成時点においてきちんと理解できる能力のことをいいます。先にご説明した「意思能力」と同じようなものです。

 

 

遺言能力がない遺言者が書いた遺言書は無効!?

自分で何も判断できなくなっている方でも自由に遺言書を作成できてしまうとなると、この人をうまくだまして自分に都合の良い遺言書を無理やり書かせる人間が出てきてしまいかねないため、このような能力がなければ遺言書を作成することができないことになっているのです。これも、悪い人から弱者を守るためのルールです。遺言能力のない者が遺言書を作成しても、その遺言書は無効となり、何らの効力も生じないことになります。そのため、重度の認知症患者が遺言書を作成した場合、この認知症患者に遺言能力が認められなければ遺言が無効になってしまう可能性があるのです。

 

 

遺言能力の有無を判断するのは難しい!

ですが、そもそも遺言能力が失われているかどうかというのは非常に難しい判断となります。例えば、父親が認知症の薬を飲んではいるが、判断能力が全く失われたという程ではない状態で遺言書を作成した、というようなケースです。このような場合に100%遺言が無効となるとは限りません。認知症にも程度があり、短期記憶力が欠如していても(すぐに物忘れをしてしまう)、物事は正常に理解できる程度の状態であれば、遺言は有効となります。要は、遺言能力の有無の判断はケースバイケースということになります。

 

 

認知症だと遺産分割の話し合いに参加できない!?

被相続人が死亡して相続が開始すると、遺産を相続人間でどう分けるかを決めるため、遺産分割協議(いさんぶんかつきょうぎ)がなされます。遺産分割協議とは、相続人全員の話し合いのことをいいます。遺産分割協議は相続人全員でしなければならず、かつ全員一致でなければ有効に成立しません。そのため、誰か一人でも相続人がいなかったり、反対する相続人がいればその遺産分割協議は無効となります。無効となると何らの効果も生じないため、遺産の所有権を移転させることもできないということになります。

 

 

しかし、相続人の一部が認知症患者である場合、その相続人はこの話し合いに参加できないおそれがあります。なぜなら、遺産分割協議に参加するためには、法律行為と同様、“意思能力”が必要となるからです。遺産分割協議は、財産の帰属を決める大事な手続であることから、ここでも弱者である意思能力のない者を守る必要があるのです。したがって、重度の認知症患者であれば、意思能力が認められないおそれがあり、もし認められなければ遺産分割協議に参加することができないということになってしまいます。

 

 

ここまでのまとめ

  • 認知症は、脳がうまく働いてくれなくなる病気。脳がうまく働いてくれないと、記憶が無くなってしまったり、日常生活を十分に送ることができなくなることもある。
  • 重度の認知症患者になると、意思能力や遺言能力が認められず、買い物などの法律行為をしたり、遺言を作成したり、遺産分割協議に参加することができなくなる可能性がある。

 

 

認知症の相続人がいる場合の対処法

認知症の相続人がいる場合、遺産分割協議に参加できない可能性があることを解説してきました。しかし、遺産分割協議は相続人全員が参加しないと無効になってしまいます。それでは、認知症の相続人がいる場合、どのようにして遺産分割協議を進めていけばよいのでしょうか?

 

 

成年後見制度を利用する

重度の認知症だと法律行為もできず、遺言書も作成できず、遺産分割協議に参加することもできない可能性がある・・・。これって、かなり困ることになりませんか?特に、法律行為ができなければ、買い物もできず、どうやって生きていけばいいのか・・・ということになりかねませんね。

 

 

そこで、このような場合に備えて、「成年後見制度」というものが設けられています。成年後見制度とは、裁判所が選任した「成年後見人」が、被後見人を守るため、被後見人に代わって法律行為を行うという制度をいいます。自分ではできない人のために、成年後見人が代わりに色々お世話をすることになるのです。具体的には、買い物などの契約を結んだり、アパートの管理など財産管理などを引き受けることになります。遺産分割協議の際にも、成年後見人が本人に代わって話し合いに参加することで、協議を成立させることができるようになります。もっとも、たとえ成年後見人であっても、本人の代わりに遺言書を作成することはできません。遺言書は、“本人の意思”が何よりも尊重されるのであって、他人が代わりにすることのできるものではないからです。

 

 

成年後見制度の利用方法

では、どのような手続きをすれば成年後見制度を利用することができるのでしょうか?ここでは、成年後見制度の利用に必要な手続きについて解説していきます。

 

 

〈ステップその1〉家庭裁判所に対する申立てを行う

認知症患者本人、配偶者、4親等以内の親族のいずれかが、本人の住所を管轄する家庭裁判所に行って「成年後見人を選任してくれ」と申立てをすることになります。管轄の裁判所については裁判所のWEBサイト(http://www.courts.go.jp/saiban/kankatu/index.html)をご参照ください。

 

 

〈ステップその2〉家庭裁判所による実態の調査

家庭裁判所は申立てを受けてから、「成年後見人を選任する必要があるか」、「必要があるとして、申立書に記載されている候補者を選任することは適切か」ということを検討するために必要な調査を行います。この調査にあたって、本人や成年後見人候補者が裁判所に呼ばれて事情を聞かれたり、本人の判断能力を調べるため医師の鑑定がなされたりします。

 

 

〈ステップその3〉家庭裁判所による審判

調査を経て、成年後見人の選任が必要だと家庭裁判所が判断したら、選任の審判がなされます。多くの場合、申立書に記載した候補者が選任されますが、この候補者が適切でないと判断されたときは弁護士等の専門家が選任されることもあります。

 

 

成年後見制度の利用に必要な書類

 

申立てに必要な書類は次のとおりです。

  • 申立書
  • 本人の戸籍謄本
  • 本人の住民票又は戸籍附票
  • 成年後見人候補者の住民票又は戸籍附票
  • 本人の診断書(家庭裁判所が定める様式のもの)
  • 本人の成年後見等に関する登記がされていないことの証明書
  • 本人の財産に関する資料(不動産登記事項証明書(未登記の場合は固定資産評価証明書)
  • 預貯金及び有価証券の残高が分かる書類(通帳写し,残高証明書等)等)

 

 

成年後見制度の利用に必要な費用

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後見人の申立てに必要な費用は次の通りです。

  • 申立手数料として収入印紙800円分
  • 連絡用の郵便切手(申立てされる家庭裁判所へ確認してください。なお,各裁判所のウェブサイトの「裁判手続を利用する方へ」中に掲載されている場合もあります。)
  • 登記手数料 収入印紙2,600円分

 

※後見開始の審判をするには、本人の精神の状況について鑑定をしなければならない場合がありますので、申立人にこの鑑定に要する費用を負担していただくことがあります。

 

 

ここまでのまとめ

  • 重度の認知症になると日常生活を送ることが困難になってしまうし、相続人の一部の者が重度の認知症である場合は遺産分割協議ができないことになってしまう!
  • そこで成年後見制度を利用しようということになる。成年後見人は家庭裁判所に申立てをすることで選任してもらえる
  • 成年後見人は、本人に代わって法律行為・遺産分割協議をすることができる
  • ただし、遺言の作成まではできない

 

 

認知症になる前にできること

ここまでは認知症になったあとの手続きについて解説してきました。では、認知症になる前に、あらかじめ準備できることはないのでしょうか?ここでは、認知症になる前に準備しておくべきことについて解説していきます。

 

 

〈対策その1〉任意後見人を選任する

このように、成年後見制度があるおかげで、例え重度の認知症になってしまったとしても何とかすることはできます。しかし、いざという時のためにあらかじめ手を打っておけるのであれば自分で打っておきたいものです。そこで、事後に成年後見人を選任してもらう他にも、来るべき日に備えてあらかじめ任意後見人を探しておくという手段があります。軽度の認知症があり、「この先重度になっていくかもしれない」と思っている段階で使われることが多いです。

 

 

任意後見人とは?

 

任意後見人とは、判断能力が不十分になる前にあらかじめ本人が自分の意思で決めた後見人のことをいいます。先に説明した、事後に選任される成年後見人による後見は、裁判所が法律の定めにより選任された後見人が行うものであることから「法定後見」と呼ばれます。これに対して、任意後見人は、将来後見を受ける本人が“任意”で後見人を選ぶことから「任意後見」と言われます。

 

 

任意後見人を選任するために必要な手続き

まず、自分の後見人になってくれる人と、「将来後見人になってください」という“契約”を結びます。この契約は非常に重要なものであることから、公正証書によってする必要があります。そして、いざ実際に重度の認知症になったら、契約を結んだ人が自主的に後家庭裁判所に申立てをします。申立てをすると、家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、以後はこの任意後見監督人のチェックの下で、任意後見人が後見の任務を遂行することになります。

 

 

〈対策その2〉遺言書を遺す

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先に述べた通り、成年後見人が代わりに遺言を作ることはできません。しかし、成年被後見人(後見を受けている人)本人が遺言書をすることは、場合によっては可能です。なぜなら、後見を受けている状態であっても、一時的に症状が回復し、その間遺言能力が認められることがあるからです。この間であれば遺言書を作成することができます。ただし、この場合に遺言書を作成するにあたっては、医師2人の立会いが必要となります。この立会いした医師が、「遺言当時、遺言能力を欠く状態にありませんでした」ということを公正証書に付記して署名・押印することで、有効な遺言を作成することができるのです。

 

 

ここまでのまとめ

  • 事後に成年後見制度を利用するほかに、任意後見という手段がある
  • 任意後見は、あらかじめ後見人になって欲しい人と公正証書で契約しておく必要がある
  • いざ後見を開始すべき時になったら、契約の相手方が自主的に家庭裁判所に申し立てることで開始する
  • 被後見人であっても、一時的に症状が回復すれば遺言ができる可能性がある

 

 

この記事のまとめ

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いかがでしたでしょうか?

最初に述べた通り、もはや認知症はどこの家庭でもあり得る病気になってきました。どこの家庭でもあり得る病気であるということは、すなわちそれにまつわる相続の問題も起こり得るということになります。いざ、家族が認知症になったときのため、成年後見制度があるということを知っておきましょう。

 

 

また、認知症の可能性がある方は、将来のことを考えてあらかじめ任意後見人を探しておくと、後のためになります。「自分はまだまだいける!」と思いたい気持ちがあったりと、中々に億劫な気持ちになってしまいますが、やはり何事も備えあれば憂いなしということに違いないのです。

執筆者: やさしい相続編集部